算命学は気の学問

翌日になって、代助はとうとう又三千代に逢いに行った。その時は腹の中で、先達て置いてきた金の事を、三千代が平岡に話したろうか、話さなかったろうか、もし話したとすればどんな結果を夫婦の上に生じたろうか、それが気掛かりだからと云う口実を拵らえた。彼はこの気掛かりが、自分を駆って、凝と落ちつかれない様に、東西を引張回した揚句、遂に三千代の方に吹き付けるのだと解釈した。代助は家を出る前に、昨夕着た肌着も単衣も悉く改めて気を新たにした。外は寒暖計の度盛の日を逐うて騰る頃であった。歩いていると、湿っぽい梅雨が却って待ち遠しい程熾んに日が照った。代助は昨夜の反動で、この陽気な空気の中に落ちる自分の黒い影が苦になった。広い鐔の夏帽を被りながら、早く雨季に入れば好いと云う心持ちがあった。その雨季はもう二三日の眼前に逼っていた。彼の頭はそれを予報するかの様に、どんよりと重かった。(夏目漱石「それから」一九三~一九四項)

夏目漱石という人は漢字の素養が相当あった人である。算命学の考え方を採り入れて読書してみると、なお一層、その知識の確かなことが分かる。上の文は「それから」が佳境に入る段りである。主人公が「気」を新たにするところに、人生の展開が変貌していく様子が、今後読み取れるはずである。「気」という文字の原義は「气」と「米」が一緒になったものである。つまり、米を蒸すときに上がる湯気のことである。ここから空間を満たすものという意味に発展しして、広い範囲に応用されるようになった。そして「気」という文字は人間の心に係わることから、天地間の自然現象にまで広がる。人間に関するものとしては、「やる気がある」とか「気が短い」などのように、人間の精神の状態を表すものとして「気」を用いてる。心・気持ち・性格等の代表として「気」は非常に多く使われている。気力・元気・気位・怪奇談・正気・気性・病気・気質・怒気・勝気・勇気・根気・気分・活気・才気・邪気・気運・気楽・士気・和気あいあい・意気込み…………など、教え上げたらきりがないほど、「気」は多く使われている。人間に関すること以外でも頻繁に使われ、自然現象や社会現象などは、「気」という言葉がなかったら日本語が成り立たないほどである。天気・気候・気象・空気・乾気・湿気・気体・水蒸気・磁気・湯気・気温などの自然現象を表す言葉や、景気・不景気・雰囲気などの社会現象に用いる言葉は誰もが使っているものである。これだけ多くの「気」という文字が使われているのに、あらためて「気とは何か?」と問われたら答えられる人はほとんどいないであろう。しかも残念なことに現代では「気」についての研究がほとんどされていない。「気」についての考察は、古くから中国で進められており、陰陽・五行・十干・十二支などは「気」の考え方が基本になっている。十干、十二支が紀元前一五〇〇年(今から約三五〇〇年前)頃の殷の時代の出土品に描かれていることから、それより前の時代、約四〇〇〇年位昔から「気」についての考え方が確立していたと推定することができる。というのは、十干、十二支は単に十進法・十二進法という数学的な意味だけでなく、「気」という思想が無かったら成立しなかったものだからである。殷の時代にすでに十干・十二支が存在していたということは、それより前の時代に「気」の考え方があったということなのである。時代は下って、紀元一〇〇〇年頃、宋の時代の儒学者、程伊川や、朱子学の創立者である朱熹(子)は、「気」について研究しており、「気」とは万物生成根源の力となるもの、「元気」と説明している。「気」は、万物生成の原理で、宇宙万物のもとになる原質であると解説している。さらに朱熹は原理二元論を唱え、「気」を陰気と陽気に分けて解いている。算命学は特に「気」について深く研究しており、その思想の基本になるのは「気」の概念である。従って算命学の考え方を説明するためには、まず「気とは何か」について知らなければならない。